涼しくなった東京出張の帰りが不安。
21時、酒好きにはたまらない渋谷を息を止めて駅に駆け込む。渋谷駅最果てのホームで埼京線に乗り込むと休暇明けの疲れた通勤者に混じって電車に揺られる。
赤羽でドアが開くと、遠くから焼き鳥を炭火で焼く香りが誘う。飲みましょうと。
このまま、無事に関東のラストフロンティア高崎まで、さかだちサバイバー出来るか不安だ。
焼き鳥が嫌いな酒好きはいないだろう。
目を閉じたまま歩いても、そこが焼鳥屋の前だとわかる魅力的なあのジャパニーズBBQの香り。我慢できない。
成吉思汗と同じ作用なのかなと考えるが、確実に異なる。成吉思汗特有の忙しさが無い。
頼む、飲む、喰う。という作法が焼鳥屋ルーティーンだ。
一人でfacebookを見ながら生ビールを飲んでもいいし、友達と暇つぶしの会話をツマミに飲んだっていい。好きに飲めばいいんだ。
美味い焼鳥屋を知っている。田舎には無い美味い焼鳥。
少し変わり者の主人が面白い。
一人でひっそりと飲んでいると、稀に個性的な客を見る。店に入って何も頼まずにメニューを凝視してすぐ立ち去る女。去り際にに塩を撒かれていた。
ネタ一つ頼んでは、ジーッと焼き場を監視して、運ばれた焼鳥をじっくり観察する焼鳥オタク。早く食え。
その日は飲み付けない日本酒を五合は空けていた。横には見かけた女性が座ってタバコを吸っている。文句は言えない。店内は全席喫煙だ。
タバコ女とは疎遠にしたいが、美人には寄り添いたい。煙も匂いも嫌いだが、横顔はずっと見ていたい。
ジレンマは加速する。
6杯目の冷酒が二つ運ばれる。誰が注文したんだ。タバコ女と乾杯!くわえタバコでグラスを合わせるな。
横顔も、肩から細く薄っすらと柔らかい脂肪に包まれた長く伸びた腕も美しい。絶品だ。
寄り添われる。心臓がスキップして喜ぶ。
タバコ女がタバコを吸う。鼻腔が拒絶する。
7杯目。お互いにしなだれ掛かる。
頬にタバコ女の唇の感触を感じる。心臓が躍動する。
右からのタバコ臭が鼻腔を超えてダイレクトに脳に刺さる。吐きそうだ。
顔一面に、砂が投げつけられたような痛みが襲う。追いかけるように目に痛みが走る、瞼を開けていられない。
「帰れ!」
塩撒かれたのは、後にも先にもこの一回だけだ。
自信はないが。