さかだち日記 第10日目

2018年8月22日

ピークハントは自己満足

出張帰りの新幹線。車内は束の間の酒盛りを楽しむ出張族や、ひとり旅のカップ酒の匂いで充満している。東北新幹線、仙台からは1時間半ほどで東京に着いてしまう。

大阪発東京行きでは、居酒屋新幹線の指定席が軒を並べ車内販売が売り切れになる程盛況だが、東北出張の帰りは短時間勝負だ。座ってすぐに隣の席では缶ビールが汽笛代わりに音を鳴らすし、通路を挟んだ席では、キオスク限定の抜け殻のような味の赤ワインをプラカップで乾杯している。時間がなくとも出張帰りは新幹線で一杯が正しい出張族の姿だ。

そんな姿を横目に見て、僕はひとりガラナソーダとナッツで乾杯だ。

さかだちに深いトリガーはないのだが、その一つは冬だ。
冬になると東日本の山岳地域には雪が積もる。そうスノースポーツの季節。
今ではマイナースポーツ一歩手前のスキーやスノーボードは僕にとっては欠かすことの出来ない楽しみ。
季節のピークには、社会的に炎上の的になりやすいバックカントリースキーを週一のペースで楽しんでいる。
一般的に言うと冬山登山。入山・下山届もしなければいけない。

ほんの5分間の滑走時間のために、腰まで雪に埋もれながら1時間ほどスキーを履いたまま登る。
山登りは得意でもないし好きでもない。登頂したからと言って達成感を味わうこともなく、すぐに滑り降りる。新鮮な降りたての雪の表面を掬うように滑る。この感覚、三度の飯よりこの滑走感が大好きなのだ。
そのためには大好きなフォンタナフレッダのバローロ セッラルンガ・ダルバも我慢して大嫌いな持久系トレーニングをしなきゃいけない。

雪が降るこの季節、日本では忘年会とクリスマスで酒まみれになる。
ある年の秋ごろ、僕には珍しく気になる年上の女性がいた。よく一緒に飲むようになってから、気になる存在になり、やがて興味を抱くようになった。
身長は170センチ、日本人としては長身女性だ。長身で細身女性の話し方や飲みっぷりを見ているうちに、すっかり虜になってしまった。

普段自分からは気持ちを伝えないズルい性質が、今回ばかりは、まだ遠目でしか見たことのない年上という美しい山の稜線の魅力に惹かれ積極的になる。
ただ、どうやって行動すればいいのか、何を装備すればいいのか全くわからないまま一緒に過ごす時間は過ぎていく。

12月、年上女性山と一緒にバーで過ごす。年末だねなんて他愛もない会話をしていると流れでクリスマスの話に。
まずい、クリスマスだ。仏教系の保育園で手を煩わせた僕は、強制的にカトリック系の保育園に転園させられて以来、クリスマスにはいい思い出はない。
それでも大人になるとクリスマスを女性と過ごす機会は増えていたが、なにより経験したことがない年上女性山と過ごすクリスマスを想像すると、何故だか幼少期の辛い思い出が蘇ってくる。
バーを出るとゆっくりと歩く。手を繋ぎ歩く。
「ねえ?」
振り向きざまに抱きつかれた。好意的な意味を込めて抱きしめ返す。顔を見合わせる。唇を重ねる・・・

何かが違う。
そう、何か違和感ではない温もりと安心感、そう懐かしさが蘇る。
香りだ。

母親の香りがする。

それ以来、年上山の頂きを目指したことはない。

大好きなワインの一つ
フォンタナフレッダ
バローロ セッラルンガ・ダルバ