さかだち日記 第23日

2018年9月4日

酔ってアイディアが生まれる。翌朝忘れる。

友人たちがイタリアから7日間の旅を終えて帰国した。
ひとりはワインショップを営む友人で、もう一人はイタリアンワインバーのオーナー。
二人とも仕事がらみのイタリア旅行。ビジネストリップだ。

一般的なビジネスと大きく違うのは、行く先々でワインを飲まなければならない。
そう、仕入れや販売をしている醸造元を巡って、土地の文化的気質や土壌、醸造所のインサイドストーリーなどの知識や雰囲気を仕入れてくる。
仕入れとなると何かを購入するように思えるが、ワインに限らず決定に困った時、それぞれ出来上がるまでの工程やその土地の持つ雰囲気を身近に感じると、それを選ぶ。そのためには現地に行って雰囲気を味わって伝える。そうすると価値を保ったまま売れるのだ。

いつも飲んでいたワイナリーの話が聞きたくて、すぐにでも会いたいのだが、帰国してから叶っていない。
僕がワインを飲まない限りは会う機会がほとんどない。
さかだちは弊害もあるんだな。まあ、雪が降れば会えるか。

イタリア本国には一度も足を踏み入れてはいないが、一度だけ本場のイタリアを味わったことがある。
長い休みにニューヨークに行った時、バレエダンサーと映画のプロモーター会社のマネージャーが、当時はやっていたルームシェアをしている小さなアパートに一週間ほど寝泊まりしていた。
今思うと結構有名な二人にはお互いに彼がいて、何故かそこに男の僕が泊まらせてもらっていた。日曜日には三人してグリーンマーケットで買い物をしたり、水曜日あたりにアパートの屋上でワインを飲みながら、おしゃべりしたりと、今思い返しても楽しい一週間だった。

平日の昼間は二人ともトレーニングや会社に行っていたので、僕は美術館や自由の女神とかの一般的な観光名所を巡っていた。

メトロポリタン美術館を二日連続で巡って疲れたので、セントラルパークの動物園近くで休んでいると、黒い巻き髪で赤いワンピースを着た女性が困ったようなそぶりでこちらを見ていた。
僕は、にこやかに挨拶して他愛もない話を始めると、どうやら僕に負けず劣らず英語が訛っている。イタリアーノイングリッシュだ。
顔立ちもはっきりしていて整っている。横から見た鼻のシルエットが僕好み。背の高さは165センチ位で細身。
アメリカの友人二人は高身長で細身。低い方で175センチだから高い方だ。
そんな黒髪で巻き髪の彼女は、やはり親戚を頼ってアメリカ旅行をしているそうだ。

ちょうど昼過ぎだったので一緒に中華料理でも食べようかと話したら、彼女が持ってきたランチを一緒に食べることになった。
プロシュットとチーズをバゲットに挟み込んだシンプルなランチと、歩道で買ったコーヒー二つ。バゲットがすこぶる美味い。コーヒーは薄いがセントラルパークでのんびりランチができるなんて旅は不思議だ。

お互いに訛った英語で片言のコミュニケーション。旅先では気分が高揚しやすいけれどこれだけの整った顔立ちの女性と話せるなんて、日常だとしても落ち着いてなんかいられない。
二人で歩くうちに自然と手を触れあって肩の体温まで感じられる距離になっていた。
そうこうしているうちに、リトルイタリーの叔父さんのところまで一緒に行こうと言うのでついていく。
叔父さんはパン屋。なるほど美味しいバゲットはここだったのか。
リトルイタリーは初めてだったので、見るものすべてがマフィア関連に見えてしまう。
叔父さんだって本当はパン屋の裏で、粉まみれのドル札束を数えているかもしれない。
きっとそうだ。

近くのチャイナタウンまで二人で歩いて行く。もうすっかり付き合っている気分だ。
彼女が手を上げて指をさす。
「Ryu! あれがマンハッタンブリッジよ!」
彼女の脇から、くるくる巻き上がった毛がのぞかせた。

髪の毛と同じ巻き髪なんだ。

どうやら友人の二人はカデルボスコに行ったらしい。


これがあの時代に合ったら付き合ってたかも