さかだち日記 第4日目

2018年8月16日
二日酔と記憶障害はワンセット。

ソーダストリームの炭酸水に飽きたので、イタリアのサンペレグリノに変えてみたけれど何も変わらないし、キンミヤも入っていなかった。
今年、夏の雲をたくさん観察できる。暑さのせいだ。車の外気温計は45℃に達し、駅前の広告気温計でさえ誇らしげに43℃を点滅させている。
少し歩くだけでも汗が滴り落ちるので、制汗シートは欠かせない。鼻が効くのか微かな匂いも気になってしまうからだ。
嫌いでも好きでも匂いを感じてしまう。

匂いに敏感で失敗もある。クライアントの女性の設計担当エンジニアの雰囲気がいい匂い。当然なのか、性格は典型的な技術屋。それが日の目を見ない内部部品の設計であっても拘りは計り知れない。

工業製品にはそれぞれコンセプトがあり、モックアップから試作を数回経て量産にたどり着く。
一つのモデルの設計を任されると少なくとも10ヶ月は掛り切りになる。打合せの頻度は残りのカレンダー枚数に反してどんどん増えて行く。
それだけ顔を合わせる機会が増えるし、万が一のためにお互いの会社支給の携帯番号も交換しておくのが常だ。

エンジニアにしては珍しく、細かい部品の試作現場まで立会いに来るほどの気合の入れようだ。
最終試作、製造現場は大阪。設計担当のエンジニアも立ち会うというので現場は今までにはない張り詰めた空気。設計エンジニアが来ることなんて初めてだった。
JIS規格と寸法公差、図面指示、改正内容反映、A改正、B改正・・・
要求強度試験のデータなど、たった一つのパーツでさえも新規生産モデルとなると計測データを小生に記録区する。僕の時間も神経も削り取られるように減って行く。

合格しようが再検となろうが、夜は慰労会という名の接待が始まる。
金曜日の立会い検査。東京から遠く離れた大阪。家庭を持つ製造部門のエンジニア達は仕事を終わらせた足で直近の新幹線に滑り込む。あと一人帰ってくれれば僕らもそのまま東京まで帰れる。女性設計エンジニアだ。
金曜日を指定したのは彼女。帰る気配がない。
なるほど、お一人様大阪・京都観光という隠れスケジュールがあったのか。
仕方なく、夕食を兼ねた慰労会が僕の上司と三人で始まる。上司は五分おきに時間を確かめる。今のようにスマートフォンがないので、腕時計を彼女に気づかれないようにチラ見しては僕の顔を視線が通過する。
そう、先に帰るよ、あとはよろしくね。経費限度額知ってるよね。宿泊費は出すよ。
ふぐのコース料理を45分のハイスピードで平らげた記録はまだ破られていない。

二件目のバー。二人きりでは製品設計の苦労話は続かない。
明日はどこ行くの?龍安寺は早朝が狙い目、清水寺は意外と歩くよなんて本当に普通の会話で時間をやり過ごす。
バーで飲むと女性は必ずと行っていいほど、途中でトイレに向かう。
彼女が席に戻るといい匂い、あの素敵な香りがゆっくりと僕の顔を包み込む。
顔やスタイルが好みとか、好みじゃないとかではない。すでに熱燗3合、バーボン4杯が判断条件を捻じ曲げて美しい方向に強制しただけだ。
戻って来た彼女の姿が急に美しく感じる。酔いすぎは良くないが、心地よく酔うと世界観や状況が全て理想の方向に急加速してしまう。上司はいない。誰も止めない、僕も止められない。

ビジネスホテルに向かって並んで歩く。幸いにもお互いの部屋は別フロアだ。
「私の部屋見て行く?」

前から興味があった天使のブラを初めて外した。

さかだち日記 第3日目

2018年8月15日
酒を飲まなくとも眠くなる。個人的な発見だ。

女性受けがいい体質だ。話し方なのか接し方なのか、好まれやすい。
酒を飲まない昼間の仕事でも、バーで一人で飲んでいても、そこに女性が登場するとなぜか話しかけられるし、僕からも話しかける。
新幹線のホームで電車を待つ列に並んでいても、降り立った乗客は僕の前を通り抜ける。隙があるのだろうか。

バーカウンターで一人で飲む。女性が一つ席を空けて座っていても4割くらいの確率で半時間後には楽しい会話が弾んでいる。実際何を話したかなんて覚えているはずもなく、自分が人並み以上に受けがいい性質だとも思っていないので、理由が知りたくなる。
男性は酔うと近くの女性にチョッカイを出す。さっきまで難しそうな仕事の話で盛り上がっていた輩どもが、酔った勢いで女性に話しかける。相手からすれば迷惑な輩どもだ。
女性も酔うと近くの、そう隣に座っている初対面なのに意気投合してしまった僕にチョッカイを出し始める。
8割以上の女性が、その日本人離れした筋肉を褒めながら触診チェックを始める。
「鍛えてるの?凄い腕、硬〜い」
硬くなるのは腕だけではない。

鍛えるわけない、憧れは細マッチョなんだから。
そして太ももの筋肉からふくら脛の筋肉をじっくり触診される。
いい気分になっているか?
なる訳がない。モテ願望もないし、ましてや筋肉自慢もしたくない。バーで一人でバーボンやらシングルモルトやらを飲み比べして楽しみたいだけ。でも、会話も同じくらい好き。だから初対面の女性からでも話しかけやすいのか、会話が盛り上がれば僕も楽しい。
会話が好きなだけであって、その先の妄想も肉体的な欲望も望んでいない。第一潔癖気味な体質で、初回からフィジカルコンタクトはしたことがない。自分からは指も触れない。複数回会ってしまった場合は別の話。

性格はボディータッチにも表れるようで、肩をたたくような仕草から始まって脇腹で途中下車。腕を鷲掴みにされて太ももから急行に乗り換えて股座行き。臀部始発の太もも折り返し運転。
特別料金は被服の隙を縫って直行便。
やめてほしい。妄想を現実にしたくない男だっているんだ。

会計を済ませて店を出ると、なぜか一緒に出てくる女性もいる。
「どこ行くの?」
「駅の方だけれど、一緒に行く?」
初対面なのに二人並んで手を絡ませて歩く。
我慢だ、もうすぐだ。

女性が酔いに任せてしなだれかかってくる。長身女性が好きなので、もう少し背を高くしてから来てほしいと言いかけながら寡黙を貫き通しつつ、駅に向かってゆっくりと歩く。
客待ちしているタクシーの先頭を目指して、初対面カップルは恥ずかしげもなく歩く。
タクシーの扉が自動で開く。日本だけのおもてなし、自動扉タクシー。
僕は先に女性を乗せ、立ったまま身振り手振りで自動扉が閉まるようドライバーに伝える。
酔って焦点が合わない潤った瞳の女性が、正気に戻って行く姿を最後まで見ることなくタクシーが走り出す。

セクハラは犯罪だ。

さかだち日記 第2日目

2018年8月14日

無事、今朝を迎えた。
禁煙を始めた18年前の晩、夜中に喉の渇きを覚えて何度も起きてはコップ一杯の水を飲み、またベッドに戻るというような禁断症状など一切ない爽やかな朝を迎えた。
飲んだ晩は早寝。21時には酩酊状態で寝入っては、2時間後に起きて水を飲み、トイレに行き、また眠る。そのサイクルが朝まで続く、完全に狂った睡眠サイクル。
今日は自然に目が覚めた。ビバさかだち。


酒に酔うと驚くようなシーンに直面する。それは僕が主人公だったり、傍にいるエキストラだったりだが、白昼ならどうにも起こりえない低俗ドラマのワンシーンが週一で繰り広げられる。
バブルも9合目を過ぎる頃、日本の大人たちが踊り続けたディスコの帰りを毎晩味わっていた頃、冬の遊びといえばクリスマスイブに予約した苗場プリンスホテルで君のシュプールに乾杯することで有名なスキーだ。
そうスキーさえ上手ければ何をやっても一目置かれた時代。
僕はまだ頭の悪い大学生で、田舎で当時流行っていたバーボンを揃えた、大正洋風居酒屋のカウンターで、学生という理由で一晩500円で週二回は飲ませて貰っていた。
田舎じゃ全然モテない冴えない田舎の大学生。
でも、僕には誰もが後光が差した仏様を見るように崇められる地位を確立していた。
イントラ。そう、スキーインストラクターだ。
スキーさえ上手ければ貧乏学生だって、酒代はどんなに高級バーボンを飲んだって500円ポッキリ。
そう、スキーが上手いというだけで年上の女性が東京からわざわざ遊びに来る。目的は「イントラ」の僕だ。
関東のラストフロンティア的ド田舎群馬県桐生市に、3時間かけて浅草発急行りょうもう号で来る。
バブル期の二大女性ブランド、OLと女子大生が来る。
大妻女子大というブランド女子大の年上女子大生が来ては誕生日のプレゼントに、とんでもない金額のAVIREXの入手不可の革製のB3を田舎の学生にサラッとプレゼントしちゃう。スキーってマジックなんだ、バブルって凄いんだ。
着心地の悪い実際全く似合っていない総皮革のB3を来て、いつもの居酒屋で堂々と500円でバーボンを煽っていると、居酒屋オーナーがスキーに行こう、今から竜にスキーを教えて貰おうと呂律の回らない酒臭い口で言い続け、なんだかわからないうちに初めて買って貰った中古のISUZUピアッツァの鍵を奪われ、僕は助手席に突っ込まれてオーナーは田舎のメインストリートをフルスロットルで駆け抜けようとした。
セコンドギアに入れクラッチを繋いでフルスロットル手前、軋んだ大砲のような音と衝撃と共にピアッツァは止まる。
酔っ払い運転で事故。
ぶつけた車は68年製BMW。友達の車だ。
なんだかわからないまま、朝を迎え、オーナーと一緒に僕の実家に行ってなぜか実の親に僕も謝る。
酒を飲むと人が変わる。酒で人の精神力がもろくも崩れては瞬時に復活する。
ジョージ・オーウェルの悪夢は現実だったのかもしれない。

新潟の爽やかな朝を家族と迎えた朝食は、グルテンアレルギーの僕にとって悪夢のようなオールグルテンバフィ(ビュッフェ)だった。

ryu-hashimoto.hatenablog.com

さかだち日記 第1日目

昨日から酒をやめている。
そう、酒断ち。
中島らも氏が生前に書いていた「さかだち日記」を真似ているわけではないけれど、ちょうどいい機会だし、飲まないで夜を過ごせた心境も、飲まずにいられないまま過ごす夜も、飲んでしまって気づいた朝の心境もブログに残しておこうと、しっかり者風の意志の弱さを露呈した事を書いてもいいんじゃないか、いいんだよという事でタイプを始める。
テーマを決めたしっかり者ブログは、グルテンフリーとかドローンとかで賢く書いているので、こんな雑でどうしようもなくて、表現が昭和バブルでも許されて、結局バブルから浮かんでくるのが、ボージョレーとかバーボンとか酒のことに結びつけた隙に酒飲み行こうかなぁ、とりあえずTシャツだけでも着替えとくかと行動しそうになるところが恐ろしくアルコールに寄り添いすぎた半生なんだと、自分でも若干焦り気味な状態で酒を断とうと、少なくとも飲むのは月に一度程度にしようと考えた経緯の最終部分だ。

さて、2018年8月11日土曜日の晩を最後に、日常的になっていた飲酒行動をやめようと決めた。
最初から経緯を説明しようなんて考えても酒を飲み始めて30年以上、それすら覚えていない。酒を飲むと記憶が失われてしまう晩なんて何十回も経験しているし、そんな昔のことを思い出して、魅力的で端麗な文章にまとめてみたって自分だけ悦に浸って、無駄にワインバーで気取って話したくなるだけなのでしない。
ああ、また酒だ。
酒断ちの逆立ちはしたくないので、どうにかノンアルの晩を過ごしながら、今までのお酒にまつわる失敗した話も、不思議と女性から慕われた話とかを赤裸々にフィクションで書いてしまおう。

昨晩はよし飲むのやめちゃえとふて寝してしまったので朝が来た。
今日は新潟で一晩過ごす、どんな理由でも新潟のオークラに宿泊だよ。アルコール無くたってオークラに泊まれるなんて知らなかった、早く教えて欲しかった。
しかもグルテンアレルギーという日本のアレルギー業界でもトップマイナーのアレルギーを常備しているので、小麦抜きでアルコール抜きとなると外食の選択に困らない、そうセブンイレブンのBIGポークフランクくらいしかない。
ちょっと待てよ、そういえば居住地区群馬県高崎市で大繁盛した成吉思汗のお店が新潟でもオープンしているはずだ。
成吉思汗はグルテンフリーではない。そう醤油に小麦が含まれているしサイドメニューだって気を抜けない。小麦抜けないから気が抜けない。
成吉思汗いし田は二店舗。高崎ではマイナーな成吉思汗をヒットさせた店が一店舗目。
びっくりするくらいプリンがうまい。そう、創業者は有名なパティシエなのでプリンがうまい、それ以上に成吉思汗がすこぶる旨い。
羊の肉を焼くだけ。焼くだけなのに成吉思汗の聖地札幌の有名店を足蹴にしてしまうくらい旨い。
秘密を探る暇がない、一皿目を鍋に乗せ程なくして食べる。ガツガツ食べる。
食べてる途中にハッとした不安がよぎる。常に効率的に考えているようで都合よく考えているアルコール脳がグレープフルーツサワーの進行具合と肉の消費具合をピッタリと合わせようと、もう一皿追加。そしてサワー、一皿、サワーと成吉思汗循環器がスタートする。
決定打はタレをわざわざグルテンフリー醤油で作ってくれて、アルコール類も考えて出してくれる気遣い。札幌、いや全国の成吉思汗のお店でグルテンフリー対応できるお店があるだろうか。ない、高崎の成吉思汗いし田しかない。いや、なかった。

そこで新潟に泊まる。
グルフリ醤油を持参して古町を散策する勇気も、グルフリが見つからず失意を抱えてノンアルで手ぶらのままホテルの部屋に帰る頑なな意志も持ち合わせていない。
そうだ、思い切って高級寿司店にでも行こうか、いや高級寿司店に入って
「大将、こちらのシャリは穀物酢使ってないよね? いや米酢だって醸造アルコール使ってないやつだね?」
聞けない、運転手付きのベントレーで来ていないので聞けない。

困った時のお友達データベースFacebookを思いだす。
石田くん、確か新潟で成吉思汗店を開店させたよな、そうだわがまま言える店が新潟にもあるじゃないか、ベントレーなんて乗る必要無いんだよ、乗ったことないけれど。

しかも飲食代の食より飲が上回る成績を更新し続けているのに、ノンアルで言ってもいいのだろうか。不安より先にメッセンジャーをタップする指が早かった。そう、なんでもタップすれば解決する世の中なんだ。タップすればビールだって出てくる。
今日は飲まないぞ、今日も飲まないぞ、僕は意志が強いんだ、どんなに美人でも酔った勢いで抱きつかれても好きになんかならないぞ、よし行くぞ、ノンアル成吉思汗に挑戦だ。

旨い、旨い成吉思汗が旨い。しかもブルゴーニュとかロンバルディアとかバルバレスコとかが昔のビジネスクラスくらいのリクライニングで寝かされた特注セラーの隣に座らせてくれるじゃないか。
今日はどこの産地にしようか、そうだ福建省にしよう。烏龍で行こう。
焼く、飲む、焼く焼く焼く、飲む、烏龍茶を飲む。
コメも食べる、烏龍茶を飲む。
そして満腹になる。

万代橋を無事渡り終えてチェックインしたオークラの部屋は間違って喫煙室だった。

成吉思汗いし田 新潟店